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写真館(66枚)
- 形態
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山城(200m/80m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが平安時代末期に藤田政行によって築かれたと云われる。藤田氏代々の居城で、藤田氏は武蔵七党の一つ猪俣党で武蔵国榛沢郡藤田郷を発祥とする。室町時代は山内上杉氏に属していたが、小田原北条氏が勢力をのばすとそれに従い、北条氏康の三男氏邦を養子に向かえ用土城に隠棲し用土氏を名乗った。
天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐軍によって攻められ落城した。
- 説明
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城は藤田氏の菩提寺である藤田善導寺の南背後の山の西端に築かれ、主郭は標高200mの所にあり、石碑が建てられている。
主郭から南側の曲輪辺りには関東では珍しい石積遺構が残る。
東に続く尾根には深く鋭い堀切が数条施され、それぞれ竪堀となって南側に落ち、なかには途中から横堀、更に二俣に別れて竪堀となるものもある。全体的に良く遺構が残っているが、雑木林のため歩きにくいのが残念。
- 城主
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藤田氏
- 案内
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善導寺の西側にある墓地の最上段から山へ続く道がある。
- 所在地
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埼玉県大里郡寄居町大字末野
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※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2008年4月
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