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写真館(24枚)
- 史跡指定
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国指定史跡
- 形態
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山城
- 歴史
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築城年代は定かではないが元弘年間(1331年〜1334年)足利尊氏によって築かれた。尊氏は妻の出である赤橋氏の所領とした。
この後、伊東氏、土持氏など南北朝の武将が争った。
応永年間(1394年〜1428年)には薩摩国の島津元久が侵攻し周辺諸城
を落として子豊久(後の8代当主)に守らせた。
文安2年(1445年)伊東氏が攻め取り落合治部少輔を置き以後伊東氏が豊後に逃れるまで伊東氏48支城の一つとなった。
- 説明
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実は昨年九州を放浪した際にもここを目指したのだが、事前の情報収集が甘くどこにあるのか分からなかったのである。
夏の訪問ということもあって一面草に覆われているが、曲輪の輪郭がはっきりしており縄張は非常にわかりやすい。
国指定史跡ではあるが余り整備されていないようだ、草は苅って欲しいところだが、遊歩道設置などの遺構を破壊するような公園化だけは避けて欲しい。
- 城主
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赤橋氏,伊東祐広,畠山直顕,伊東氏,島津豊久,落合氏,樺山規久
- 案内
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穆佐小学校の校庭奥に案内板と登り口がある
- 所在地
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宮崎県宮崎市高岡町小山田字麓
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※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2007年8月
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