ひゅうが・きわきじょう

日向・木脇城
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木脇城の写真 写真館(27枚)
  形態  
山城(60m/50m)
  歴史  
築城年代は定かではない。 城主木脇氏は伊東氏の庶流で工藤祐経の子祐時の8男祐頼を祖とする。 永享6年(1434年)には島津軍と伊東・土持連合軍が木脇却生寺(こうしょうじ)前で戦ったが、これが現在城址近くにある興聖禅寺だと云われる。
伊東氏48支城のうちの一つであったが、伊東氏が豊後に逃走すると島津氏の平田宗応が城主となり、豊臣秀吉によって九州が統一されると、高鍋の秋月氏の所領となり、元和元年廃城となった。
  説明  
興聖禅寺の南側の道路を東に行くと案内板がある。 そのすぐ北側の丘が城址であるが道は無さそうだ。 案内板の近くにある水路を丘へ向かい、薮コキしながらなんとか山に取り付くことができたが、草の下に小川が流れていたりして難儀だ。
切岸が急峻で木や竹も腐っていたりして登るのに一苦労、頂部は堀切で2郭に別れており、両方ともに上部の幅1mから2m、高さ50cmから1m程の土塁が残っている。腰曲輪もあり、奥の腰曲輪には井戸跡のような凹んだ地形があるが、木が倒れた跡かもしれない。
そのすぐそばには入口が1m四方くらいの横穴が空いているが墳墓か?
  城主  
木脇氏,福永民部四郎,平田宗応,秋月氏
 所在地 
宮崎県東諸県郡国富町大字木脇字木ノ峰
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2007年8月

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