|
|
写真館(48枚)
- 史跡指定
-
市指定史跡
- 別名
-
鶴ノ城
- 形態
-
平山城
- 歴史
-
天正17年(1589年)小西行長によって築かれた。
佐々成政が失政により摂津尼崎で自刃すると肥後の南3郡二十四万石で小西行長が入封し、宇土古城の東に新城を築いた。
関ヶ原合戦で西軍に付いた行長は家康に捕らえられ斬首となる。
関ヶ原合戦後熊本の加藤清正によって宇土城は落城、肥後一国に加増された清正は元和2年(1616年)幕命により廃城とする。
- 説明
-
宇土城は中世宇土城(宇土古城)の東に隣接するように築かれている。
現在は本丸部分が公園として整備され、小西行長像が建っている。
本丸の周囲の裾部分に石垣が巡らされている。西側の墓地が二ノ丸、南側には三ノ丸があった。公園の西側から南側にかけて緩やかにカーブを描きながら走ってる道が外堀に面しているようで、内側の田んぼが周囲より低くなっている。
- 城主
-
小西行長,加藤清正
- 案内
-
宇土高校の西隣が城跡。北側の道路から墓地へ続く道があり、本丸と二の丸の間に駐車場がある。 - 所在地
-
熊本県宇土市古城町(宇土城山公園)
-
- 最終訪問日
-
2011年10月
- 縄張図
-
現地案内板より
|
Copyright(C) 2003-2012,By PEI. All rights reserved.
写真などの無断転載を禁止します