くろだろくはじょう

黒田六端城
城郭放浪記

黒田六端城は関ヶ原合戦後に筑前国福岡に入封した黒田長政が国境を守る為に設けた六つの出城である。 六端城はすべて本城である福岡城より東側に設けられ、麻底良城を除いてはすべて豊前国との国境に構えられている。 これは黒田長政が豊前国の細川忠興と不仲であったからだとされる。


写真 城郭名 概要
筑前・若松城 写真 若松城 黒田二十四騎の一人三宅若狭守家義が三千六百石と代官領一万石で城主となり船手頭を務める。
筑前・黒崎城 写真 黒崎城 黒田二十四騎の一人井上周防守之房が二万石を領して城主となる。
筑前・益富城 写真 益富城(大隅城) 黒田二十四騎の一人後藤又兵衛基次が一万六千石を領して城主となるも出奔し、鷹取山城主であった母里多兵衛友信が移り益富城主となった。
筑前・鷹取山城 写真 鷹取山城 黒田二十四騎の一人母里多兵衛友信が一万八千石を領して城主となる。益富城主後藤又兵衛基次が出奔した後は母里多兵衛友信は益富城主となり、代わって手塚孫大夫光重が城主となる。
筑前・麻底良城 写真 麻底良城 黒田二十四騎の一人栗山備後守利安が一万五千石を領して城主となる。
筑前・松尾城 写真 松尾城(小石原城) 中間六郎右衛門統胤が二千五百石を領して城主となる。



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