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写真館(83枚)
- 史跡指定
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国指定史跡
- 別名
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角埋城
- 形態
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山城(576m/250m)
- 歴史
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築城年代は定かではない。
現在残されている遺構は、毛利高政時代のものと云われる。
天正15年(1587年)北上する島津軍が攻めたが、城主森五郎左衛門ら籠城兵約1000人はこれを良く守り落城しなかった。
文禄2年(1593年)大友義統が除封となると、毛利高政が入封し改修した。
関ヶ原合戦後、毛利高政は佐伯に転封となり、黒田氏を経て慶長6年(1601年)来島長親が伊予国来島から入封すると、久留島陣屋を築き廃城となった。
- 説明
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本丸は角埋山山頂にあり、低土塁と北面に石垣がある。
伝大手門跡は桝形で近世城郭の造りであるが、現在の市街地とは反対の北西面を向いている。
伝搦手の石垣は穴太積みで、その上に伝井戸曲輪があり現在も湧き水が豊富で、喉の乾きを潤してくれた。
- 城主
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森氏,毛利高政,黒田氏
- 案内
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三の丸まで車道がある
- 所在地
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大分県玖珠郡玖珠町森(角埋山)
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- 最終訪問日
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2007年8月
- 縄張図
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現地案内板より
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