ぶんご・つのむれじょう

豊後・角牟礼城
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史跡指定
国指定史跡
  別名  
角埋城
  形態  
山城(576m/250m)
  歴史  
築城年代は定かではない。 現在残されている遺構は、毛利高政時代のものと云われる。 天正15年(1587年)北上する島津軍が攻めたが、城主森五郎左衛門ら籠城兵約1000人はこれを良く守り落城しなかった。
文禄2年(1593年)大友義統が除封となると、毛利高政が入封し改修した。 関ヶ原合戦後、毛利高政は佐伯に転封となり、黒田氏を経て慶長6年(1601年)来島長親が伊予国来島から入封すると、久留島陣屋を築き廃城となった。
  説明  
本丸は角埋山山頂にあり、低土塁と北面に石垣がある。 伝大手門跡は桝形で近世城郭の造りであるが、現在の市街地とは反対の北西面を向いている。
伝搦手の石垣は穴太積みで、その上に伝井戸曲輪があり現在も湧き水が豊富で、喉の乾きを潤してくれた。
  城主  
森氏,毛利高政,黒田氏
  案内  
三の丸まで車道がある
 所在地 
大分県玖珠郡玖珠町森(角埋山)
付近の城址
0.7km 豊後・久留島陣屋
5.2km 豊後・玖珠城
9.2km 豊後・日出生城

※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2007年8月
 縄張図 
現地案内板より
角牟礼城縄張図

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