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写真館(46枚)
- 形態
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山城(209m/209m)
- 説明
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築城年代は定かではない。
享禄4年(1531年)浦上村宗が大坂の合戦で討死すると播磨国室津城を長男政宗が継ぐが弟宗景と国秀が政宗と不和となり宗景は天神山城を築き国秀は富田松山城を改築して居城とした。
享禄5年(1532年)政宗は軍を起こし三石城を攻略ののち富田松山城に来襲、国秀は降伏したが宗景が守る富田松山城は落ちず双方が軍を引き上げ終戦となり政宗は三石城と富田松山城に城番を置いた。
政宗の勢力が衰退すると宗景の勢力の及ぶところとなり浦上景行が城主となったが宇喜多直家の台頭によって天正5年(1577年)天神山城が攻略され宗景が遁走すると更に富田松山城にも攻め寄せ落城し廃城となった。
- 城主
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浦上国秀,浦上景行
- 所在地
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岡山県備前市東片上
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- 最終訪問日
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2006年3月
- 縄張図
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現地案内板より
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