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写真館(20枚)
- 別名
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己斐城,己斐新城,茶臼山城,小茶臼城
- 形態
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山城(200m/100m)
- 歴史
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築城年代は定かではない。
平原城は一般的に己斐城と呼ばれるが、己斐新城が平原城、己斐古城が岩原城、詰城が立石城でありいずれも己斐氏の居城である。
己斐氏は厳島神領衆の出身で動静ははっきりしていない。
永正12年(1515年)銀山城主武田元繁に攻められるが落城しなかった。時の城主己斐豊後守師道入道宗端は有田城合戦で討死した。
その子豊後守直之は厳島合戦の折り毛利方として草津城主新里氏とともに宮尾城に籠城している。
関ヶ原合戦後に毛利氏が防長2ヶ国に転封になるとともに廃城となった。
- 城主
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己斐氏
- 所在地
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広島県広島市西区己斐中
- 周辺施設
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- 最終訪問日
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2005年9月
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