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写真館(82枚)
- 史跡指定
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県指定史跡
- 別名
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金山城
- 形態
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山城(411m/400m)
- 歴史
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承久3年(1221年)武田信宗によって築かれた。
安芸武田氏は甲斐武田氏が承久の乱による恩賞として安芸守護に任命されたことにより始まる。
戦国時代に入り武田氏は安芸南部の豪族である高松山城熊谷氏、八木城主香川氏、平原城主己斐氏などを家臣化するが安芸一国を率いることはできず大内氏に従っていた。
しかし武田氏は大内氏に反旗を翻し安芸を支配すべく安芸北部に進出する。二度目の有田城合戦では武田元繁が逆に大内の命で出陣した毛利元就に討たれ戦死する。
その子光和は尼子氏と結んで大内氏に対抗するが天文10年(1541年)大内氏の命を受けた毛利元就に攻められ落城し滅亡した。
- 説明
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城は武田山の山頂から尾根伝いに数多くの曲輪を配置している。
憩の森公園からの登山口を登ると「馬返し」、「御門跡」、「千畳敷」、「館跡」にたどり着く。
「館跡」から北東に続く尾根には「犬道」と言う堀切を隔てて「武者隠し」や「見張り台」そして「出丸」がある。
逆に南東方向に続く尾根には「観音堂」「弓場跡」などがある。
山頂からの眺望は極めて良い。
- 城主
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武田氏,大内氏,毛利氏
- 所在地
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広島県広島市安佐南区祇園町(武田山)
- 周辺施設
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- 最終訪問日
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2006年1月
- 縄張図
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現地案内板より
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