元亀4年(1573年)甲斐の戦国大名武田信玄は三河国野田城を攻めていたとき病に倒れ、甲斐へ引き上げる途中で没した。信玄が没した地は諸説あるが信濃国駒場と云われ山の中にこの武田信玄火葬塚がある。また長岳寺はこの火葬に携わったお寺で、この火葬塚から火葬灰を境内に移して十三重塔が建立し武田信玄供養灰塚として祀っている。
武田信玄火葬塚は阿智PA近くの山の中にある。阿智第一小学校の隣に安布知神社があり、その入口に火葬塚への道標が出ている。ここから高速下を潜って山へ登っていくと貯水池や畑が見えてくる。この畑の間の山道をどんどん登って山道をたどっていけば「武田信玄公火葬塚」と書かれた看板があり、その背後に塚が残る。