詳細不明。城主は百地丹波守と伝えられる。
百地氏は大江氏の末裔とされ、江戸時代は大和龍口に帰農して庄屋を務めた。
龍口城は大和国(奈良県)と伊賀国(三重県)の国境となる標高410mほどの山に築かれており、現在は主郭に白菊稲荷社が祀られ、登山道が整備されている。
龍口城に近接して城山城、西峰城があるが、そのなかで規模が一番大きいのがこの龍口城である。
龍口城は神社境内となった主郭I1を帯曲輪I2が取り巻き、東西両尾根を横堀I2、I3で遮断している。虎口は明確ではないが、東西両端ともに北辺に切り込みがあり、このあたりから入っていた可能性がある。
主郭I1は小規模な曲輪で北西端に土塁がある。境内になっているがやや南東側が低く傾斜する。
曲輪I2は横堀に面した部分に土塁があり、南、北には土塁がない。北側がやや高く、南が低い。
東西を遮断する横堀はともに南側に湾曲するように続くが、南面は横堀になっていない。北端も竪堀として伸びない。
東尾根を少し降ると浅い堀切I1があり、その下方に一段削平地がある。一方西の城山城方面は緩斜面尾根が続く。
登口は東の県境となる峠道のところから登るルートと、南の三重県側から登るルートがある。西峰城を含む三城を見学する場合、南麓から整備されている登山道を登るのがよい。
南麓は白山神社前に案内板が設置されており、そこに駐車可能でトイレもある。
東の県境からは三重県側は舗装されているが、奈良県側は未舗装である。
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