弘化2年(1845年)から弘化4年(1847年)頃に萩藩毛利氏によって築かれた。
肥中台場は肥中湾の西側に突出した岬の先端に築かれている。
先端部分に高さ約1.5m、長さ約5mほどの直線の石塁が1か所残されている。
行きは野崎城のある山上を進んでいったが、ところどころ荒れていて歩きにくい。帰りは東側の吉田水産の方に降りた。
別の行き方は民家と野崎城のある丘陵の境にある小路を進んで西側の海岸線に出て、岬の先端から登るのがわかりやすいと思われる。ただ干潮時は問題なく歩けるが満潮時は不明である。
最寄り駅(直線距離)