陸奥 下姉体城むつ しもあねたいじょう
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築城年代は定かではないが大内氏によって築かれたと云われる。 大内氏は葛西氏の重臣柏山氏の家臣という。
天正年間(1573年〜1592年)の城主は大内源次郎で天正16年(1588年)気仙浜田の兵乱で戦功をたてたという。
下姉体城は内館・松川館・西館・道場館の四郭で構成していたとされ、東西200m、南北160m程の規模であった。
現在は宅地と化しているが、主郭とみられる内館の部分に土塁が残っており、北東隅部に石碑が建っている。
新山神社の西にある宅地が内館跡。