西海道に位置する肥後国は、延喜式の格付けでは大国・遠国である。 肥後国府は託麻郡、益城郡、飽田郡と遷ったとされる。
託麻郡の国府は現在も国府の地名が残る熊本市国府本町・国府町付近で、三宝大高神付近が有力な候補地になっている。
益城郡の国府は熊本市城南町陳内にあり、県下最古の寺院である陳内廃寺(じんないはいじ)の付近にあったものと推測されている。
飽田郡の国府はJR熊本駅の南東にある熊本市二本木近辺で、「二本木遺跡」として発掘調査が行われ竪穴式住居跡、掘立柱建物跡、井戸跡など多数検出されている。