築城年代は定かではないが津野氏によって築かれたと云われる。
天文12年(1543年)津野基高は戸田長右衛門、続いて桑河内源左衛門、中平豊前守経利を城督に任命し、一条氏に備えて守らせていた。
大野見城は大きく蛇行する四万十川に面した標高390mの山に築かれている。
小規模な単郭の城で主郭は南北約30mほどの規模しかなく土塁も備えていないが、曲輪の周囲には無数の竪堀群と尾根を遮断する連続堀切があり、土木量は多い。
現在の登山道は二宮神社からの尾根道で主郭の南尾根に該当するが、この尾根は四重堀切1で遮断してある。主郭の北背後の尾根は四重堀切とやや離れた位置に堀切があり五重堀切3となる。三又になっている堀は途中から東へ伸びる支尾根を遮断しているためである。
主郭の西から南側面にかけて畝状竪堀群5を設けている。岩盤を削ったものでやや歪な形状のものが多いが、南側の一条は堀切に結合する。東側面は比較的急峻ではあるものの堀切2による遮断のみである。
南端尾根の西側に二宮神社の参道があり、神社背後から尾根伝いに登って行けば城域に達する。
車は西麓にある公民館に駐めさせて頂いた。
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