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写真館(12枚)
- 史跡指定
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市指定史跡
- 形態
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平城
- 歴史
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築城年代は定かではない。奥州探題大崎教兼の六男がこの地に居を構えたのが始まりとされ、この人物が古川氏の祖とされるが詳らかではない。城主として伝えられるのは、大崎氏の家臣古川刑部持慧(もちさと)、古川弾正忠隆である。
奥州仕置によって大崎氏が改易となると、木村弥一右衛門が一時在城したが、大崎・葛西一揆の後は伊達政宗の所領となり、古川城には重臣鈴木元信が入部した。鈴木氏元信、重信、宗良と三代続いたが寛永年間(1624年〜1644年)に宗良が桃生群深谷に移封になり古川城は廃城となった。
- 説明
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古川城は古川第一小学校に本丸があったとされる。以前には土塁が残っていたようであるがそれも今は残っておらず、遺構はほぼ消滅している。
瑞川寺は鈴木氏の菩提寺で、古川城の搦手門を移築した山門が残っている。
- 城主
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古川氏,鈴木氏
- 所在地
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宮城県大崎市古川二ノ構(古川第一小学校)
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- 最終訪問日
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2010年4月
- 縄張図
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現地案内板より
- 建物
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| 搦手門(移築 城門)
所在地:
[地図]瑞川寺(宮城県大崎市古川三日町2) 古川城主鈴木元信の時、搦手門を寺門風に変更して瑞川寺に寄進したものと伝えられる。
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