|
|
写真館(35枚)
- 形態
-
山城(69m/60m)
- 歴史
-
築城年代は定かではないが嘉吉年間(1441年〜1444年)廊之坊重盛によって築かれたと云われる。
天正6年(新宮一帯を勢力下に治めた堀内新宮城の堀内氏善が侵攻、廊之坊は虎城山城主高川原摂津守などの援軍を得て撃退した。しかし那智山の東座、実法院と姻戚関係を結び、加勢を得た堀内氏は翌年再び侵攻し勝山城は落城した。
- 説明
-
補陀洛山寺から「渡海上人・平時子・平維盛」供養塔の方へ向かう。この辺りも城域のように見える。
山頂付近には3つの曲輪があり、主郭は土塁で囲まれ、北西隅には石組の残る井戸があり、その南には虎口の残る曲輪がある。
主郭の北東には空堀を隔てて曲輪がある。
- 城主
-
廊之坊重盛
- 案内
-
補陀洛山寺から「渡海上人・平時子・平維盛」供養塔の方へ行くと山に向かう道がある。
- 所在地
-
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜ノ宮
|
|
付近の城址
6.8km 紀伊・下里城
9.5km 紀伊・檜杖城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
|
-
- 最終訪問日
-
2007年9月
|
Copyright(C) 2003-2012,By PEI. All rights reserved.
写真などの無断転載を禁止します