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写真館(17枚)
- 史跡指定
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町指定史跡
- 形態
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山城(50m/45m)
- 歴史
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天正9年(1581年)高川原貞盛によって築かれたと云われる。
高川原氏は伊勢国司北畠具教に仕え、その後織田信長の家臣滝川一益に従ったが、関ヶ原合戦の後浪人となった。
その子孫は後に紀伊に入部した浅野幸長に仕え、浅野氏が安芸国に移封となったのに従い安芸へ移ったという。
また、青原寺を創設したもの貞盛の子家盛だという。
- 説明
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青原寺から上り詰めると二の丸に出る。頂部は三角形でその北西隅がやや高く、そこが主郭である。
二の丸には中魂碑と何が書いてあるのか読めなかったが石碑が建っている。
二の丸の南隅には付曲輪が二段あり、土塁状の高まりが残っている。
北東の尾根には堀切も残っているらしいが、薮に包まれ確認できなかった。
- 城主
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高川原氏
- 案内
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青原寺の奥にある稲荷神社から道が続く。
- 所在地
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和歌山県東牟婁郡串本町古座
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- 最終訪問日
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2007年9月
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