いずも・きょうらぎさんじょう

出雲・京羅木山城
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京羅木山城の写真 写真館(44枚)
  別名  
京羅木山城砦群
  形態  
山城(406m/370m)
  歴史  
永禄年間に毛利元就によって築かれた。 京羅木山城砦群とも呼ばれるように尼子氏の居城月山富田城を見下ろす京羅木山には、いくつかの城砦が築かれた。 天文12年(1543年)周防大内氏の出雲侵攻でも京羅木山に陣所が築かれたが、これは出雲国人衆の離反によって失敗した。
本格的な築城は永禄7年〜8年(1564年〜1565年)にかけて毛利氏が出雲に侵攻したときとされ、二年間に及ぶ月山富田城包囲を元就は勝山城を本陣として滞在した。
  説明  
京羅木山山頂から西に向かっては、いくつかの削平地が見られる程度である。 今回散策した所は山頂の北東にある標高405.7mの地点であるが、ここは△の形になった頂部を削平して南北に畝状竪堀群を築いている。
  城主  
毛利氏
  案内  
最初に京羅木山山頂から今回散策した地点へのアクセス方法を記す。 山頂から東に階段を降りて少し進むと、「至広瀬方面(荒田越)」という指標がある。これを進むと丁字路になるが、この正面の小高くなった地点が城址である。


次に京羅木山へのアクセスだが、一般的には北側の金比羅神社から登るようだ。
しかし今回は南側にある「半場(飯場)」という地点から登ってみた。舗装された道路の終着地点から昔の山道が続いている。 山頂まで道は続くのだがいくつかの別れ道があり、途中の指標は峠の茶屋跡といわれる地点以外に一切ない。
一応簡単に説明するが、あまり御勧めしない。
まず、最初に右に向かって大きく回った所で真っすぐ降る道と右に登る道があるが、ここは右に曲がって進む。
次に竹林となった古い集落跡のような地点で道がなくなったように見える地点に来る。ここは右後ろに向かって道が続いているのでそれを進む。
次に峠の十字路に着くが、ここは右に曲がって山道を登って行く。
これを進むと指標のある峠の茶屋跡に着くので、それを右に行くと山頂に着く。
 所在地 
島根県安来市広瀬町石原
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2007年10月

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