|
|
写真館(23枚)
- 形態
-
山城(201m/-)
- 説明
-
「備中府志」によれば最初に築いたのは土肥実平で元暦年間(1184年〜1185年)と言われるが定かではない。
この城に関する史料は乏しく詳細を伺い知る事はできないが
天正3年(1575年)の備中兵乱で荒平山城を攻める毛利元清がここに陣を構えた。
城は北から南に向かって一の段から八の段まで一直線に並べた縄張りをしている。
この城に登るのには苦労した。
このあたりにある小さい社までは車でくることができるのだが、その先からは辛うじて道が判別できるところを薮コキしながら進む。そうすると石垣(おそらく農地?)が見えてくるがそのから斜面を直登することになる。斜面と言ってもそれ程の急勾配ではないのだが草が生い茂っておりなかなか進まない。
やっとのことで南側の尾根にたどり着いたもののここからはシダが生い茂って足の踏み場に注意しながら登る。
やっとの思いで山頂に登りつめたもののそこも草木が生い茂っており十分な遺構の確認もできないまままたもや降り出した雪によって下山することとなった。
下山はより西側の別の経路をたどったがこちらは急勾配ながら草があまりなく大きな石が散乱するところをひたすら滑べりおりていく感じでやがて杉林に出てこっち側の道に出る事ができた。
- 城主
-
土肥実平?
- 所在地
-
岡山県総社市八代
-
- 最終訪問日
-
2006年2月
|
Copyright(C) 2003-2012,By PEI. All rights reserved.
写真などの無断転載を禁止します