能勢氏墓所(清普寺)のせしぼしょう
△トップに戻る
能勢氏墓所は江戸時代に地黄陣屋を構えた旗本能勢氏の墓所で、慶長6年(1601年)能勢頼次が父頼幸の菩提を弔うために清普寺を建立し、以後能勢氏の菩提寺となったものである。
能勢氏は清和源氏頼光流で、山県国直の子国基が能勢郡田尻荘の地頭となり能勢氏を称したといわれ、古くよりこの地を拠点としていたが、本能寺の変の後に明智光秀に味方し、光秀が滅亡すると一時滅亡した。しかし、能勢頼次が徳川家康に召しだされ、関ヶ原合戦の戦功によって旧領を回復し大身旗本となった。