越中 生地台場えっちゅう いくじだいば
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嘉永4年(1851年)加賀藩によって築かれた。
嘉永3年(1850年)加賀藩は藩内の十三ヶ所に台場を築くことを決定し、そのうち越中国では、伏木・生地・放生津・氷見の四ヶ所であった。
生地台場は弓形状に土塁を設けその上に五門の大砲を据えるようになっている。 現在は、残っていた土塁の上にさらに盛り土をして原形に復元され、公園となっている。