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写真館(6枚)
- 形態
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平山城(100m/80m)
- 説明
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文禄元年(1592年)豊臣秀吉によって築かれた。
慶長の大地震で損害を受けたものの本丸の位置をずらして再建した。
秀吉が没すると徳川家康の管理下になり関ヶ原合戦の前哨戦では城将鳥居元忠が奮闘し壮絶な死を遂げている。
関ヶ原合戦後、一度は再建されたが二条城を修築したことにより元和9年(1623年)廃城となった。
天守は二条城へ移築、櫓は備後・福山城や武蔵・江戸城などに移築され現存している。
現在本丸は明治天皇の陵墓(桃山御陵)となっており立ち入りできない。また、模擬天守を建てたキャッスルランドも閉園しており立ち入りできない。
- 城主
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豊臣秀吉,徳川家康
- 所在地
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京都府京都市伏見区桃山町大蔵
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- 最終訪問日
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2005年10月
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