詳細不明。和田本城の支城という。
和田西城は標高732mの峰にあり西八幡宮が祀られている。和田集落にある子守神社の由緒板には子守神社が本城、東八幡が東出城、西八幡が西出城と表記されている。位置関係では子守神社を中心に東西八幡宮があり本城と出城の立地としては申し分ないが、子守神社のところが城である確証はなく、『高知県中世城館跡分布調査報告書』でも城跡とはされていない。
西八幡社のあるところが主郭で北と南に土塁のような高まりが残っている。南は比較的急峻な尾根で、西は細長い尾根が続く。城域は西へ伸びていた可能性があり、尾根の先に堀切状地形、北山腹には横堀状地形がある。この堀切と横堀状地形であるが、城郭遺構とみるか参道とみるか少々悩ましい。別の資料に畝状竪堀群があるとの情報もあり、遺構を見逃している可能性が高いので再訪してさらに検証してみたい。この横堀状地形は和田本城にもあり、そちらは畝状竪堀群を確認している。
和田集落から上へ車道を登って行くと東八幡と西八幡の分岐のところに由緒板がある。ここから右上の道を進むと子守神社の大きな鳥居がある。車はこのあたりに駐め、ここから徒歩でさらに登って行くと開けた畑(跡?)があり、この上が西八幡宮で山道がついている。