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信濃・古厩城
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古厩城の写真 写真館(2枚)
  形態  
平城
  歴史  

築城年代は定かではないが古厩氏によって築かれたと云われる。 古厩氏は仁科盛国の三男盛兼が古厩氏を名乗ったのが始まりとされる。

古厩盛兼は天文21年(1552年)小岩嶽城で武田氏と戦って敗れ、自刃して果てた。 その後、古厩氏は仁科氏に従い武田氏に仕え、永禄10年(1567年)の仁科親類被官衆が出した起請文に古厩平三盛隆の名が残る。

武田氏滅亡後は、徳川家康の助力を得て松本に復帰した小笠原貞慶に従ったが、天正11年(1583年)稲倉城主で苅谷原城を任されていた赤沢清経や塔ノ原城主塔原氏らと結んで上杉氏に通じて謀叛を企てたが露呈し、古厩盛隆は松本城で謀殺された。

  説明  

古厩城は現在の正真院の境内に築かれていたという。以前は境内の西と南に堀が残っていたようであるが、現存していない。日本城郭大系によれば、複郭の城で主郭は108m四方、副郭は東西54m、南北108mであったという。

  城主  
古厩氏
 所在地 
長野県安曇野市穂高有明(正真院)
付近の城址
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2011年5月

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