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写真館(61枚)
- 史跡指定
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国指定史跡
- 形態
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平山城
- 歴史
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築城年代は定かではないが鎌倉時代初期に土肥遠平が小早川氏を称して築いた館が始まりと言われる。
応永24年(1417年)大森頼春が上杉禅秀の乱での功によって小田原を与えられ本格的に築城する。
明応4年(1495年)伊豆一国を手中に治めた伊勢早雲は鹿狩りと偽り箱根に兵を進め突如小田原城を襲い乗っ取った。
小田原城を手に入れた早雲は城を拡張し以後、北条氏綱・氏康・氏政とその都度拡張し最盛期には城下をとりまく9kmにも及ぶ総構えをしていた。
しかし、天正18年(1590年)豊臣秀吉によって総勢21万にも及ぶ大軍に囲まれ篭城するも開城しここに北条氏は滅んだ。
その後は大久保忠世が城主となるが忠隣のとき改易され阿部正勝、稲葉正勝が入城する。
貞永9年(1632年)大久保忠朝が復帰し以後明治まで至る。
- 説明
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現在は近世時代の天守が復元されているが何故か本丸に象がいる...。
また、中世小田原城の遺構として八幡山にある旧本丸は城山公園となっており近くに大空堀が残っている。
- 城主
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小早川氏,大森氏,北条氏,大久保氏,阿部氏,稲葉氏,大久保氏
- 所在地
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神奈川県小田原市城内
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付近の城址
2.9km 相模・石垣山城
5.7km 相模・湯坂城
8.0km 相模・御所山城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2005年10月
- 縄張図
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現地案内板より
- 建物
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| 天守(復興 天守)
所在地:
城内本丸 三重四階 層塔型
昭和35年(1960年)再建
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| 二の丸隅櫓(復興 櫓)
所在地:
城内二の丸 大正12年(1923年)関東大震災により崩壊、昭和9年(1934年)再建
江戸時代のものより一回り小振り
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| 銅門(復元 櫓門)
所在地:
城内二の丸 明治5年(1872年)破却、平成9年(1997年)再建
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| 常盤木門(復興 櫓門)
所在地:
城内本丸 江戸初期
元禄16年(1703年)地震で崩壊、宝永3年(1706年)桝形門として再建
明治3年(1870年)破却、昭和46年(1971年)再建
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