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写真館(47枚)
- 史跡指定
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県指定史跡
- 形態
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山城(252m/110m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが南北朝時代に河村秀高によって築かれたと云われる。
文和元年・正平7年(1352年)南朝方の河村一族は、新田義興等の軍勢とともに河村城に籠城して、北朝方の畠山国清等と対峙した。城は難攻不落であったが、翌年南原の戦いで南朝方は惨敗を喫して河村一族の多くが討死し、新田義興は越後国へ逃れた。
戦国時代末期には小田原北条氏の属城となっていたが、小田原征伐によって北条氏が滅亡すると廃城となった。
- 説明
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城は浅間山の西峰に築かれ、現在、発掘調査並びに公園として整備されようとしている。
西側の本城郭周辺の公園整備は終っているようで、畝堀や木橋などが復元されている。東側の大庭郭辺は発掘調査中で、その東側はまだ蜜柑畑のようである。
- 城主
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河村氏,北条氏
- 案内
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城山の北麓、山北駅から国道246号線の高架の下を潜って、成翁寺の東側の道を進めば公園への遊歩道に付く。
- 所在地
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神奈川県足柄上郡山北町山北(河村城歴史公園)
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※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2008年4月
- 縄張図
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現地案内板より
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