おうみ・くろかわしじょう

近江・黒川氏城
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黒川氏城の写真 写真館(207枚)
  形態  
山城(380m/60m)
  歴史  

築城年代は定かではないが永禄年間(1558年〜1570年)に黒川玄蕃佐によって築かれたと云われる。

黒川氏は佐々木六角氏に従っていたが、六角氏が織田信長に攻められ没落すると信長に従った。その後は秀吉に従ったが、天正13年(1585年)紀州攻めの際の失策により甲賀武士は所領を没収された。関ヶ原合戦で山岡景友(道阿弥)に従って徳川方として戦い、江戸時代は旗本として存続した。

  説明  

黒川氏城は野洲川にウグイ川が合流する地点の南側の丘陵に築かれている。標高380m付近に主郭を置き、北へ伸びた丘陵に屋敷跡と見られる土塁と堀で区画した曲輪群を連ねる縄張りで、甲賀地方では比較的大規模な城郭である。

主郭は南北に長い長方形で周囲を土塁が巡り内側は石積が施されている。虎口は北と西の中央に開いている。西の虎口が大手で外側には方形区画の土壇が一段あって南へ折れて石段が続いている。北の虎口は一度東へ折れ北に降って横堀を降りていく。この先は西の大手から続く横堀と合流し、また方形区画の土壇に至る。ここの土壇は北へ続く屋敷跡と見られる曲輪群の中心に位置している。

主郭の南背後は高い切岸があり、二段の横堀が巡らされている。切岸は高く裾野に横堀が巡り、外側が土塁となる構造は見応えのある遺構である。

北に拡がる屋敷跡と見られる曲輪群は南北の横堀や土塁で区画されており、西側の堀底道がそのまま北の麓まで通じている。北端付近には「前田屋敷」や「辻屋敷」などの名称が残り、「辻屋敷」は辻和泉守に由来する名称と推測されている。

  城主  
黒川氏
  案内  

県道507号線と県道9号線の丁字路から少し南へ進むと大きくカーブしている所があり、そこに案内板が設置されている。ここから登ると簡単に主郭に至る。北側の水田から動物除けの柵を越えて入る道もある。

 所在地 
滋賀県甲賀市土山町鮎河小字坂尻
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2011年7月

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