ながと・おくあぶさいばんかんば

長門・奥阿武宰判勘場
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奥阿武宰判勘場の写真 写真館(27枚)
史跡指定
県指定史跡
  形態  
代官所
  歴史  

貞享4年(1687年)萩藩毛利氏によって築かれた。 江戸時代に萩藩毛利氏が領地を管理するために各地に築いた宰判勘場(代官所)の一つである。

奥阿武宰判勘場では阿武郡のうち、旧むつみ村、阿東町、田万川町、須佐町、阿武町(奈古を除く)を管理していた。

  説明  

奥阿武宰判勘場は県道13号線の北側の一段小高くなった所に築かれている。 宰判勘場は江戸時代の代官所跡であるが、良好に残っているものはいがいと少なく、唯一発掘調査されているのがこの奥阿武宰判勘場という。

  城主  
毛利氏
  案内  

県道13号線沿いに道標が出ている。ここから一本北側の旧道に入り、西へ向かっていくと北側に宰判勘場跡がある。

 所在地 
山口県萩市大字吉部上
付近の城址
7.8km 長門・賀年城
8.3km 長門・和田山城

※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2011年7月
 縄張図 
現地案内板より
奥阿武宰判勘場縄張図

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