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写真館(22枚)
- 別名
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賀年勝山城
- 形態
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山城(516m/100m)
- 説明
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築城年代は定かではないが南北朝時代には存在していたと云われる。
天文20年(1551年)周防国大内義隆が家臣陶晴賢によって滅ぼされると義隆の姉を妻としていた吉見正頼は晴賢と対立した。
正頼は津和野城に籠り賀年城は波多野滋信が籠った。
晴賢が来襲するもこれを良く守ったが城中の田中某が内応するに至り落城、滋信は戦死した。
城は勝山の山頂に主郭を置き東に降りた所に堀切って出丸(二の丸)がある。
主郭は東西に長く約90mあり東に向けて低くなっており、西に降りた所にも堀切らしき遺構がある。
本丸の南側には若干石積みのようなものも見えるがこれが遺構かどうかはわからない。
- 城主
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波多野滋信
- 所在地
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山口県山口市阿東嘉年下
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付近の城址
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※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2006年4月
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