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陸奥・寺池館
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寺池館の写真 写真館(6枚)
  別名  
寺池城,登米要害,臥牛城
  形態  
丘城(32m/25m)
  歴史  

築城年代は定かではない。

建久5年(1194年)葛西清重が岩井郡平泉より寺池に移り住んだという。葛西氏は下総国葛飾郡葛西荘発祥で、葛西清重は奥州藤原氏攻めの戦功によって奥州に広大な所領を得て奥州総奉行に任命された。

清重は後に鎌倉に戻り幕府に出仕している。奥州の所領は二男朝清に与えられて寺池に下向し奥州葛西氏となった。南北朝時代には寺池葛西氏と石巻葛西氏に分かれたというが、天正18年(1590年)奥州仕置きによって断絶するまで寺池葛西氏の居城であった。

その後、奥州仕置で功のあった木村吉清が三十万石で寺池館に入るが、葛西大崎一揆が起こり木村父子は佐沼城に押し込められ、援軍として駆けつけた蒲生氏郷・伊達政宗によって助けられた。一揆の責任を問われた木村吉清は改易となって氏郷を頼って客将となった。

木村氏の旧領は政宗に与えられ、伊達氏家臣白石宗直が水沢より移り登米要害として維持された。白石氏は天和2年(1682年)伊達姓を賜わって登米伊達氏となり明治まで続いた。

  説明  

寺池館は北上川の西岸の丘陵に築かれている。現在は裁判所や宅地となっており、遺構はほとんど残っていない。

  城主  
登米葛西氏,木村吉清,白石氏(登米伊達氏)
 所在地 
宮城県登米市登米町寺池字桜小路
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2009年9月

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