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写真館(39枚)
- 形態
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平城
- 歴史
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築城年代は定かではないが田村氏によって築かれたと云われる。
文亀年間(1501年〜1504年)には田村氏の一族仲丸左京大夫が在城し、後に白河結城氏に属した上遠野盛秀が在城した。
永禄3年(1560年)寺山館まで北上した佐竹氏に対抗するため、白河結城氏は葦名氏に支援を依頼し、葦名氏は赤館を改修し、上遠野盛秀が赤館の城代となり中丸館は廃城となったという。
- 説明
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城は大清水池の東にある丘陵に築かれている。案内板が設置された所から入ると虎口であろうか、この付近が一番薮がひどいが、南の堀が内側に曲る横矢の構造がある。曲輪は南北に二つあり北を一番平、南を二番平と称する。曲輪の間は空堀で中央と東端に土橋が架かる。ほぼ全周を堀と土塁が巡っている。
- 城主
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仲丸左京大夫,上遠野盛秀
- 案内
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国道289号線を北上すると逆川交差点で国道は西へと向かうが、これを東へ曲り少し進むと社川小学校の手前でY字路となる。これを北東側に進み大清水池を越えた先に案内がある。 - 所在地
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福島県東白川郡棚倉町大字板橋字日照田
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- 最終訪問日
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2009年4月
- 縄張図
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現地案内板より
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