きい・りゅうしょうざんじょう

紀伊・龍松山城
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史跡指定
町指定史跡
  別名  
市ノ瀬城
  形態  
山城(120m/80m)
  歴史  
築城年代は定かではないが天文年間(1532年〜1555年)山本忠行によって築かれたと云われる。 山本氏は清和源氏の子孫ともいわれるが、忠行が紀伊国櫟原荘の地頭として入部したことに始まる。
天正13年(1585年)羽柴秀吉の紀州攻めでは三ヶ月に及んで対峙し和睦となった。しかし、翌年和睦の為、大和郡山城の羽柴秀長を訪れた山本康長ら13人はその帰路藤堂高虎の館にて謀殺された。
  説明  
山頂の主郭は土塁で囲まれ一段下に周囲をとりまくように二の丸があり、その南側には空堀が残されている。
  城主  
山本氏
  案内  
二の丸まで車道が通じている。
 所在地 
和歌山県西牟婁郡上富田町市ノ瀬
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2007年9月

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