明治2年(1869年)田沼意斉によって築かれた。
小久保藩は遠江国相良藩一万石の大名であった田沼意尊が、明治元年(1868年)上総国小久保へ移ったのが始まりで、意尊が明治元年に没し、意斉が家督を継いで明治2年に陣屋の建設が始まった。しかし、明治4年(1871年)に廃藩置県を迎えたため、廃藩となり小久保県となって県庁が置かれた。
小久保陣屋は富津市役所大貫連絡所、弁天山古墳のある辺りに築かれていた。 陣屋の築城まもなく廃藩置県を迎えているため完成したかどうかは定かではなく、その後は県庁や県知事邸が置かれた。
現在は県知事邸の庭園らしきものや陣屋跡の石碑などがある。