伊予 高森城(大洲市平野町)いよ たかもりじょう

城郭放浪記


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伊予 高森城(大洲市平野町)の写真
掲載写真数
形態
山城(198m/160m)
別 名
鍛冶谷城
文化財指定
なし/不明
遺 構
郭,堀
城 主
梶谷景則,大野直之,梶谷景雄
歴 史

築城年代は定かではない。

天正4年(1576年)梶谷伊豆守景則が高森城を守っていたが、地蔵嶽城主の大野直之によって攻められ落城、梶谷伊豆守は湯築城主河野通直を頼って城を落ちた。その後、伊豆守は病に倒れ、臨終に際して三人の息子に高森城を奪還することが最良の供養であると言い残してこの世を去った。

天正6年(1578年)嫡男中務丞景雄、二男直右衛門景晴、三男修理亮良景は激しい風雨に紛れて城に忍び込み高森城の奪還に成功した。 天正18年(1590年)梶谷中務は龍王城主の岡宮内と戦って勝ち、岡宮内はこの傷が元で死んだという。

説 明

高森城はは大安寺の北方に聳える標高197.7mの山頂に築かれている。 現在主郭一帯は良く整備され石碑と案内板が建てられている。

高森城は山頂の主郭を中心に北と西へ伸びる尾根に曲輪を配している。 主郭の北下に一条の堀切があり、その堀切から伸びる竪堀と合わせて三条の竪堀が北西側斜面に伸びている。そのうち一番南側の竪堀が長く山腹まで伸びている。

主郭下の堀切から少し北へ離れた位置に一条の堀切があり、その先に北曲輪がある。曲輪の北側の堀切で、その先にも曲輪のようであるが、北端は切岸のみである。

主郭から西へ伸びた尾根は石仏が祀られ参道になっている。この尾根は段々と曲輪が連なり、西端を一条の堀切によって遮断している。

案 内

城山の山腹に未舗装林道があり普通車でも通行できるのだが、道は悪くしかも大廻りでメリットはあまりない。麓からの比高もせいぜい160m程なので徒歩で登った方が無難であるが、整備された登山道の入口は確認できなかった。

林道の入口は地蔵堂集会所の西側に300m程の県道から少し入った所で、そこから舗装路を進むとy字路になるが、それを右下へ進む。あとは道なりに進んで行けば良い。一番最初の鉄塔がある所が城山の南尾根で、そこから登るのがわかりやすい。(林道入口)

最寄り駅(直線距離)
1.3km 伊予平野駅
1.7km 西大洲駅
3.7km 伊予大洲駅
6.5km 千丈駅
7.0km 五郎駅
所在地/地図
愛媛県大洲市平野町平地
付近の城(直線距離)
1.1km 伊予 宇和島藩 平地番所
1.2km 伊予 大洲藩 関谷番所
2.3km 伊予 鴇ヶ森城
3.0km 伊予 花瀬城
3.0km 伊予 大洲城
4.3km 伊予 小笹城
5.1km 伊予 池上城
5.2km 伊予 岡崎城
5.8km 伊予 粟ヶ森城
6.3km 伊予 正信城
6.6km 伊予 松の城
6.7km 伊予 大洲藩鳥坂口留番所
6.7km 伊予 龍王城
6.7km 伊予 鳥坂城
7.3km 伊予 笠間城
7.5km 伊予 祖母井城
7.5km 伊予 永田城
7.7km 伊予 花林城
8.0km 伊予 萩森城
8.1km 伊予 菅田城
8.3km 伊予 米津城
8.8km 伊予 下木城
9.1km 伊予 新谷陣屋
9.2km 伊予 城高城
最終訪問日
2013年1月
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