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写真館(24枚)
- 史跡指定
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県指定史跡
- 形態
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平城
- 説明
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永禄年間(1558年〜1569年)細野藤敦によって築かれた。
永禄11年(1568年)織田信長は神戸氏を破り織田信包を長野氏の養子とすることで和睦した。
信包は城を修築するとともに五層の天守を建てた。
関ヶ原の合戦では城主富田氏は東軍に属するが西軍の毛利秀元によって攻撃され落城した。
慶長13年(1608年)藤堂高虎が伊予今治城から移封されると城を大改築したが天守は設けなかった。
現在は本丸と西の丸が残るのみであるが三層の櫓が建てられ西の丸には藩校の入徳門が移築されている。
- 城主
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長野氏,織田信包,富田氏,藤堂氏
- 所在地
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三重県津市丸之内
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- 最終訪問日
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2005年10月
- 縄張図
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現地案内板より
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