いなば・おおさきじょう

因幡・大崎城
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大崎城の写真 写真館(68枚)
  形態  
山城(94m/90m)
  歴史  

築城年代は定かではない。

天正9年(1581年)羽柴秀吉による鳥取城攻めのときの城主は樋土佐右衛門で、毛利方の城であった。秀吉は鳥取城攻略後、羽衣石城に籠もる南条を救う為、馬之山砦に陣を貼る吉川元春を攻めた。このとき、大崎城下を通った秀吉は無理に攻めようとはせず、伯耆へ急いだ。その後、土佐右衛門は宮部継潤を通じて秀吉に降り、宮部継潤の家臣となった。

関ヶ原合戦で継潤の子宮部長房は当初東軍に属していたものの、西軍に寝返り伏見城大津城攻めに加わって戦後に改易され、土佐右衛門は名を懸樋孫左衛門に改めて帰農したという。

  説明  

大崎城は白兎海岸の西側にあり、日本海に張り出した半島状の山に築かれている。 南背後を山陰道が通る要衝の地である。

大崎城は大きく南北二つの区画に分けることができるが、主郭部は北側である。

北の城は、南端の最高所を主郭とし北東方向に階段状に曲輪を連ねる縄張である。 主郭は四方を土塁が巡り北東側に虎口が付く。虎口からの通路は一度右に折れ、左に屈折し、そのまま階段状に連なる曲輪群の側面を通って先端に至る。通路は先端で南へ折れ、そのまま谷下までつづら折りの通路が続いている。これは小沢見の集落に続いていたようであるが、今では薮に覆われている。また、この辺りは船溜まりに適した地形であるため、水軍があったかもしれない。北東に続く階段状の曲輪には土塁は付いていないが、一部石積を確認することができ、概ね1m〜2m程の段差で連なる。

南の城は堀切で区画した南北二郭で構成する。大半が薮に埋もれているが、土塁はみあたらず、削平と切岸による防御になっている。

  城主  
樋土佐右衛門
  案内  

小沢見側から谷間に入る道が通れれば、簡単に主郭まで行くことができるが、薮化しているので難しいかもしれない。 奥沢見側から南尾根を通る道沿いから山に取り付いたが、この辺りも薮化している所が多い。

 所在地 
鳥取県鳥取市気高町奥沢見
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2011年9月

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