いなば・きりやまじょう

因幡・桐山城
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桐山城の写真 写真館(63枚)
  別名  
木井ノ山城,磯部ノ城
  形態  
山城(203m/200m)
  歴史  

築城年代は定かではないが塩冶周防守によって築かれたと云われる。

元亀3年(1572年)には山中鹿之介が因幡支配の拠点として一時在城したと云われる。

天正8年(1580年)羽柴秀吉による鳥取城攻めのさい、垣屋播磨守光成が桐山城に在城し、天正9年(1581年)一万石を領して桐山城主となった。光成の子の垣屋隠岐守恒総は関ヶ原合戦で西軍に属して伏見城大津城を攻めたが、関ヶ原で西軍が敗れると高野山へ逃れて自刃、桐山城主垣屋氏は滅亡した。

元和3年(1617年)池田光政が鳥取藩主となると、重臣池田加賀守政虎を浦富城に配したが、これが桐山城とされる。また、寛永9年(1632年)池田光仲が藩主のとき、家老の鵜殿氏を浦富に配し鵜殿大隅陣屋を築いた。この地は「宗管屋敷」(宗管は垣屋光成)と呼ばれ垣屋氏の居館があった所と云われる。

  説明  

桐山城は田後港の南に聳える標高202.9mの山頂に築かれている。 縄張は簡単なもので南北に伸びる山頂の尾根に長い主郭を設け、南尾根に小段を配したのみで、堀切などの遺構は確認できない。

垣屋光成の墓と伝えられる五輪塔が垣屋八幡宮(地図)として祀られている。

  城主  
塩冶氏,山中鹿之介,垣屋氏
  案内  

登山口は「いわし山登山口」と「奥内登山口」があります。

「いわし山登山口」(地図)は浦富海岸から田後港へ向かう途中に、二手に道が分かれる所で、浦富海岸の駐車場を使うことができる。

「奥内登山口」(地図)はおそらく大手道で鵜殿氏の墓地付近にあるが、こちらは付近に駐車場はない。

 所在地 
鳥取県岩美郡岩美町大字浦富
付近の城址
0.8km 因幡・御陣屋の上城
0.9km 因幡・鵜殿大隅陣屋
1.4km 因幡・浦富台場
1.6km 因幡・石山城
1.7km 因幡・道竹城
2.2km 因幡・局屋敷
2.3km 因幡・一ノ山城
2.6km 因幡・比丘尼城
3.2km 因幡・猫山城
3.3km 因幡・羽尾城
3.4km 因幡・太田谷城
3.5km 因幡・上河崎城山城
3.7km 因幡・岩山城
3.8km 因幡・上ノ山城
3.9km 因幡・広岡城
4.0km 因幡・高山城
4.1km 因幡・小田奥積坂城
4.4km 因幡・小田猪ノ谷城
4.4km 因幡・恩志川巻城
4.5km 因幡・中島城
4.5km 因幡・寺山城
4.7km 因幡・小田城山城
4.7km 因幡・猪尾山城
4.7km 因幡・口恩志山城
5.0km 因幡・下香谷城

※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2011年9月

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