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写真館(37枚)
- 形態
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丘城(40m/40m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが上津浦氏によって築かれたと云われる。
上津浦氏は筑前国高祖山城を居城とした原田氏の一族とされる。
享禄5年(1532年)天草・志岐・栖本・大矢野・長嶋氏など天草一円の豪族が上津浦へ押し寄せたが、相良氏の援軍を得てこれをしのいだ。
天正10年(1582年)上津浦鎮貞は島津氏に従って隈庄城攻めに参陣、豊臣秀吉による九州征伐の後は南肥後に入部した小西氏に従ったという。
- 説明
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上津浦城は「東の城」と「西の城」と呼ばれる二つの山に築かれている。
東の城は県道282号線が直ぐ東側を通る小山にあり、頂部の削平地に祠が奉られているが、南東から北西に伸びる尾根に数段の削平地を列べている。
ほとんど薮の中の為、南側から頂部までしか歩いていないが、途中堀切状に幅3m程凹んだ所がある。
- 城主
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上津浦氏
- 案内
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県道282号線が城山の南側へまわる込む所に「老岳登山口」と書かれたバス停があり、この手前から山へ道が延びる。
- 所在地
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熊本県天草市有明町上津浦字谷合
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- 最終訪問日
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2008年8月
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