築城年代は定かではない。城主は隈部氏の家臣小森田氏であった。
『上井覚兼日記』には天正10年(1582年)12月11日に島津軍の吉利忠澄らが日比良の栫を攻め落としたことが記されている。
日平城は標高342.1mの花牟礼山に築かれており、現在は登山道が整備されている。
三角点のある山頂部は自然地形となっており、南側に少し降った所にある毘沙門天を祀る広い削平地が主郭と思われる。
主郭から北の山頂に続く尾根に浅い堀切、西の曲輪との間にも浅い堀切を設け、南下には井戸の残る曲輪がある。このあたりが城の中心となっている。
東尾根を遮断する堀切は圧巻の規模で、北側は屈折して大規模な竪堀として伸びていく。この堀切の上にも土塁を伴う帯曲輪状地形があり横堀であろうか。
南西に続く尾根には二重堀切があり、内側は南側面に横堀として回り込む。
井戸のある曲輪から東側に続く横堀状地形は一段下がってさらに伸びており、虎口となっていたのかもしれないが、その先の地形ははっきりしない。
北東麓の蜻浦集落から林道を登って行くと山頂南の尾根付近にある日平城入口が見える。この先に駐車可能。そこからコンクリート舗装された細い林道を進むと城内に至る。
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