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写真館(72枚)
- 史跡指定
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国指定史跡
- 形態
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山城(440m/-)
- 歴史
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赤松則村(円心)によって築かれた。
築城年代は諸説あり、元弘3年(1333年)護良親王の綸旨を受け鎌倉幕府打倒の軍を挙げた時に築いたという説と、足利尊氏に従って新田義貞の西進を食い止めるために築いたという説がある。
太平記によれば新田義貞が大軍を率いて城を囲み攻撃したが五十日余り持ちこたえたという。
- 説明
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標高440m麓の案内板から2.2kmとある。
氷点下の早朝から登り始める。
尾根に出るまで約30分植林された山の中を、自然石が階段のように並べられた道をひたすら登る。
尾根に出るとそこから本丸まで櫛橋丸経由で20分程である。
南の頂部にあるのが櫛橋丸、そこから北に向かうと二の丸、更に北に進んで本丸、三の丸がある。
三の丸の片隅には土塁跡がわずかに残っている。
二の丸から侍屋敷(伝)に向かうと、石の散らばる削平地に出る。この少し下に崩れ掛かっているものの石積の遺構が残っている。
- 城主
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赤松氏
- 案内
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国道373号線沿いに大きな看板がある。
- 所在地
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兵庫県赤穂郡上郡町赤松
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- 最終訪問日
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2007年3月
- 縄張図
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現地案内板より
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