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写真館(33枚)
- 別名
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上山城
- 形態
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丘城
- 歴史
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築城年代は定かではないが淡河氏によって築かれた。
淡河氏は鎌倉北条一族で副執権北条時房の所領であった。
南北朝時代には播磨守護赤松則村(円心)と対立して攻められ落城している。
文明18年(1486年)には三木城主別所則治に属し、別所氏に従って織田信長の命により各地を転戦した。
しかし、天正6年(1578年)別所長治は毛利と結び織田氏と対立するようになると淡河氏もこれに同調し、羽柴秀吉によって三木城が攻撃されると、淡河城も同様に攻められる。
時の城主淡河定範は敵陣に牝馬を放ち、敵を敗走させた後、城に火を放って三木城へと入った。
- 説明
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国道428号線道の駅「淡河」から見える淡河城の模擬櫓は道の駅の利用者の目を引いているようだ。
道の駅に車を止め歩いて登ってみる。急峻な山肌に遊歩道が付いているのだが、伸びきった草が雨で濡れて滑べりやすい。
本丸の天守台には神社があり、二の丸は畑、その周辺には堀跡が残されているが大部分は埋め立てられて見る影もない。
本丸の背後は崖と川で天然の要害となっており、いわゆる崖端城の様式。
- 城主
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淡河氏,有馬氏
- 所在地
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兵庫県神戸市北区淡河町淡河
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- 最終訪問日
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2007年9月
- 建物
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| 櫓(模擬 櫓)
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