|
|
写真館(59枚)
- 史跡指定
-
県指定史跡
- 別名
-
黒木城
- 形態
-
山城(240m/-)
- 歴史
-
築城年代は諸説あるが仁安2年(1167年)大蔵大輔源助能によって築かれた説が有力とされる。
助能は徳大寺家の請いによって瀬高荘を管理する為、大隅国根智目(根占)から筑後国上妻郡黒木郷に移り築城したという。
この末裔が黒木氏を称し大友氏に属していたが、家永の時に龍造寺氏に従った為、天正12年(1584年)大友宗鱗によって攻められ落城、黒木氏は滅ぼされた。
柳河城に田中吉政が入封すると家臣辻勘兵衛が城代となったが元和の一国一城令によって廃城となったという。
- 説明
-
黒木中学校の東側に聳える城山が城址である。
山頂の主郭は石垣で覆われ東側の高くなった部分に彦山神社があり、西側に虎口が開いている。
主郭の南側には帯曲輪があり東端は土塁、南側斜面には畝状竪堀群が残されているらしいが草深く見えない。
南西に降りた所が馬場、その先のお堂が建っている所が二の丸跡で、主郭の東側が三の丸である。
三の丸は緩やかな傾斜を描いているが北側に土塁が残っている。
- 城主
-
黒木氏,辻勘兵衛
- 案内
-
国道442号線から黒木中学校の東側の道路を登ると城址に着く。
馬場跡付近でも駐車可能であるが、三の丸方面の所に立派な駐車場がある。
- 所在地
-
福岡県八女市黒木町北木屋
|
|
付近の城址
3.0km 筑後・高牟礼城
4.7km 筑後・轟城
5.5km 筑後・熊野堂城
6.8km 筑後・犬尾城
7.0km 筑後・鷹尾城
7.4km 筑後・三ノ瀬城
7.5km 筑後・谷川城
8.1km 筑後・兼松城
9.1km 筑後・鬼ノ口城
9.1km 筑後・高岩城
9.6km 筑後・発心城
9.9km 筑後・白石城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
|
-
- 最終訪問日
-
2007年12月
|