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写真館(4枚)
- 形態
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平城
- 歴史
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築城年代は定かではないが室町時代に吉岡長増(宗歓)によって築かれた。
長増は大友宗鱗の重臣で千歳城を本拠としていたが、鶴崎に居館を築いたという。
天正14年(1586年)北上する島津軍に対して、城主吉岡統増は大友宗鱗の命により丹生島城を守備していた為、統増の母妙林尼は城を堅固に改修し守備した。
島津軍は三千騎を持って攻め寄せたが尽く撃退した。
慶長6年(1601年)肥後国熊本の加藤清正は、天草の替え地として鶴崎を得て、城を改修して「お茶屋」とした。
寛永10年(1633年)肥後国熊本に細川氏が入封してからも引き継がれ、「成美館」といわれる藩校も作られた。
- 城主
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吉岡長増,吉岡統増,加藤氏,細川氏
- 所在地
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大分県大分市南鶴崎3(鶴崎小学校・鶴崎高校)
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付近の城址
7.4km 豊後・津守館
7.5km 豊後・府内城
7.5km 豊後・大友館
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2007年8月
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