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写真館(30枚)
- 史跡指定
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県指定史跡
- 別名
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丹生島城,亀城,亀ヶ城
- 形態
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海城
- 歴史
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永禄5年(1582年)大友宗麟によって築かれた。
大友氏が毛利氏に門司での合戦に破れた後、築城され府内城から移った。
このとき宗鱗は隠居し義統が継いで府内城に居住しているので隠居城であったが南蛮貿易などで栄え実質の中心地であった。
天正6年(1578年)の耳川合戦で島津氏に大敗すると豊後まで北上してきた島津軍の攻撃を受ける。
これに対し、ポルトガルより輸入した国崩しと呼ばれる大砲を城内から敵軍に撃ち込んで島津氏を退散させるが、城下町は焼失してしまう。
大友氏が朝鮮の役で大敗すると領地を没収され、福原直高、太田一吉と続き慶長2年(1597年)稲葉氏が五万石で入封し明治まで続く。
臼杵城は臼杵湾に浮かぶ丹生島に築城された海城であったが現在は陸続きとなっている。
- 説明
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少し時間があったので2005年12月以来の再訪問。
工事はほぼ完了しているようだったが、前回跡形もなくなっていた卯寅口門脇櫓がまだ修復工事中であった。
- 城主
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大友宗鱗,大友義統,福原直高,太田一吉,稲葉定通,稲葉典通,稲葉一通,稲葉信通,稲葉景通,稲葉知通,稲葉恒通,稲葉菫通,稲葉泰通,
稲葉弘通,稲葉雍通,稲葉尊通,稲葉幾通,稲葉観通,稲葉久通
- 所在地
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大分県臼杵市大字臼杵(臼杵公園)
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- 最終訪問日
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2007年8月
- 建物
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| 畳櫓(現存 櫓)
所在地:
[地図]城内
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| 卯寅口門脇櫓(現存 櫓)
所在地:
[地図]城内
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| 大手門(復元 櫓門)
所在地:
[地図]城内 平成13年に復元
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