あき・つちやまじょう

安芸・槌山城
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史跡指定
市指定史跡
  別名  
明神山城
  形態  
山城(489m/260m)
  歴史  

築城年代は定かではないが大内氏によって築かれたと云われる。

大永3年(1523年)鏡山城が尼子経久によって落とされると、大内氏は西条盆地の拠点を槌山城へ移し重臣弘中隆兼を置いた。

その後、槌山城には菅田宣真が城主となっていたが、天文20年(1551年)陶晴賢が大内義隆を討ち大友家より義長を迎えると、これに従わない菅田氏を討つように陶晴賢は毛利元就に命じる。元就は自身は病気と称して戦には赴かず、毛利隆元を総大将として派遣し、まず平賀隆保の籠る頭崎城を攻め落として槌山城へと攻め寄せた。

槌山城には菅田宣真・宣種父子他、尾和備後守秀義、大林和泉守隆廉、財満入道宗因尾他、頭崎城主平賀隆保も三百余騎を従えて籠った。毛利勢は三方より攻め寄せたが堅城であった為、一旦これを退き城内より討って出た籠城兵をおびき寄せ、これを切り崩して一気に城内へ流れ込み本丸まで攻め寄せた。これによって城主菅田宣真等は城兵の助命を願い切腹して落城した。

  説明  

城は標高488mの槌山に築かれている。山頂の主郭を中心として東と西そして南へ伸びた尾根に郭群がある。

主郭は東西に三段の削平地があり、西端の削平地の南側に虎口が開く。石積が西から南側にかけて所々残っている。

東端の郭群には堀切が一条あり、一部北側に土塁が残る。歩いた範囲で見た堀切はここの一条のみである。

  城主  
弘中隆兼,菅田宣真
  案内  

登山口は色々あるようですが、南西麓にある豊穣池近く(地図)にある道が整備されていて良いでしょう。

 所在地 
広島県東広島市八本松町吉川
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2009年2月
 縄張図 
現地案内板より
槌山城縄張図

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