仁方堀城は仁方の谷間の奥、南西に張り出した丘陵の頂部に築かれており、現在は宗源寺の境内になっている。本来の名称は単に「堀城」であるが、呉市内には堀城がたくさんあるので「仁方堀城」として紹介する。
境内付近には段が残っているようにも思えるが、雑木林ではっきりとした遺構は確認できなかった。
宗源寺はもともとこの堀城の近くにあり、城主の守り本尊として持経観音菩薩が安置されていたが戦乱で廃寺となっていた。それを江戸時代の天保13年に堀城跡に堀観音堂が建立され、荒廃していたものを、平成になって再建されたのが、現在の堀観音堂だという。
宗源寺多宝塔の脇には、浦宗勝の菩提寺の一つ宗勝寺(福岡県東区下原5)の檜が植えられている。