|
|
写真館(24枚)
- 別名
-
出屋城,長沢屋敷
- 形態
-
平城
- 歴史
-
築城年代は定かではないが鎌倉時代に中沢基政によって築かれたと云われる。
中沢氏は武蔵国中沢郷の出自で承久の乱の功によって、多紀郡大山荘の地頭となって下向したという。
また一説に越中国長沢郷を領した長沢氏が源頼朝に仕えて戦功をあげ大山荘を得たともいう。
明智光秀による丹波攻略時の城主は中沢重基とも長沢義遠ともいわれるが、天正6年(1578年)に落城した。
- 説明
-
城は大山川の西岸にあって、大山川は400m程南で篠山川に合流する。丹波国では珍しい平城である。
城の北側と西側には大規模な空堀があり、現在は北側に土橋状の通路が設けられ、その付近に僅かに土塁跡と思われる土盛が残っている。
城跡は現在畑や雑木林となっているが、南側は大山川に面して垂直に切り立っている。内部は後に改変されたものかどうかは定かではないが、区画する段差が残っている。
- 城主
-
中沢氏,長沢氏
- 案内
-
国道176号線と県道77号線の交差点を西へ進み、大山川に架かる伊出橋を渡り、少し進んで最初の右へ入る道を曲り道なりに北上する。集落を抜けて行くと右に大きく曲り、次に左へ曲る道となるが、その付近に案内板が設置されている。 - 所在地
-
兵庫県篠山市大山下
-
- 最終訪問日
-
2008年11月
|