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写真館(100枚)
- 史跡指定
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市指定史跡
- 形態
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山城(172m/150m)
- 歴史
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承久3年(1221年)太田昌明によって築かれた。
昌明は比叡山延暦寺の僧であったが源行家を討った功により、源頼朝より但馬国太田荘を得て太田氏を名乗り、承久の乱の後は但馬国守護に任ぜられた。
- 説明
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城は太田川の北にあるほぼ独立した標高172mの山にあり、山頂を中心に多くの曲輪が配置されている。
城は東側より西側を重点的に防備しており、堀切や竪堀群が配置されている。この竪堀群は非常に明確で一見の価値がある。
主郭と思われる山頂の曲輪も西側のみ土塁があり虎口が残る。
山全体に多くの曲輪があり、切岸もしっかりしていて非常に良好に保存されているのだが、何せ縄張図もなければ案内も国道沿いに建つ寂れた「史跡亀ヶ城跡」の看板だけである。
- 城主
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太田氏
- 案内
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明確な入口がない。国道とその北にある集落の道が交差する所(看板から東に向かって200mくらい)に、動物避けの網が張られた舗装道路が北の山に向かって延びている。
それを進むと途中で山へと続く山道があり、それを登り詰めると右手に行けば神社となる。そこを神社とは反対方向に延びる動物避けの鉄柵沿いに西に進んで行くと城址にたどり着く。
帰りは踏み跡を便りに東側に降りたのだが、これは山の東側に設けられた砂防ダムに出た。
憶測だが、舗装路をそのまま進み城址の北側に回り込むのが正解かも知れない。 - 所在地
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兵庫県豊岡市但東町太田字城山
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付近の城址
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10.0km 但馬・鳥居城
10.0km 但馬・倉見陣屋
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2007年9月
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