- 史跡指定
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県指定史跡
- 形態
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山城(817m/387m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが南北朝時代末期頃に村上氏によって築かれたと云われる。
村上氏は清和源氏頼信流で嘉保元年(1094年)に源盛清が信濃国更級郡村上郷に流罪となり、その子為国が村上氏を称したことに始まるといわれる。
戦国時代の村上義清の頃には北信濃一帯に勢力を拡げ、天文17年(1548年)の上田原合戦、天文19年(1550年)の戸石城合戦と甲斐の武田信玄を二度敗っている。しかし、天文20年(1551年)戸石城が武田信玄に与していた真田幸隆によって落城し、天文22年(1553年)には一族の屋代氏などが武田氏方に寝返るなど圧迫され、村上義清は越後の上杉謙信を頼って落ち、葛尾城は自落した。
- 説明
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葛尾城は村上氏居館の北西背後にある標高805mの山頂に築かれている。
城山は五里ヶ峯から南に派生した尾根の先端頂部で、さらに降った標高646mの地点には出城である姫城がある。
冬期は昼を過ぎるとあっという間に日が暮れる。比高400m近い山城では登るだけで一時間弱はかかるので、ほぼ諦めて登山口のある坂城神社までたどり着いたが、ここでふと周辺案内図を見ると車道らしきものが背後の尾根に付いてた。すぐさま調べると和平地区から林道があり、これを使えば城跡近くまで車で行けることがわかり城へ向かう。
駐車場は主郭から北へ伸びた尾根にあり、ここに縄張図入りのパンフレットが置いてあった。尾根を南に進むとすぐさま用途不明の石垣遺構がある。尾根上に積み上げた石垣だが、東側がやや窪地となり釜跡とも烽火台跡にも見えるがそもそも葛尾城に関するものかもわからない。主郭に向かって南下すると岩盤を深く刻んだ堀切が三条続く。主郭は南北に長い曲輪で高い切岸があり、北側に低い土塁が付いている。南下には二郭があるが、その先は小段が続くのみである。未確認ながら西麓の磯部地区に伸びる尾根伝いにも城郭遺構はある。
- 城主
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村上氏
- 案内
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登山口はいくつかありますが、わかりやすいのは南東麓にある坂城神社。車だと大字坂城字和平地区から林道がある。坂城町の北東部上信越道を潜って和平地区へ向かっていると道標が出ているので迷うことはないが、道は未舗装区間だけでも数キロあり、離合困難な道が続くので注意が必要。ただ林道にしては道は良くアップダウンも少ない。
坂城神社から坂城駅に向かう途中にある「坂木ふるさと歴史館」には村上氏に関する展示がある。
- 所在地
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長野県埴科郡坂城町大字坂城
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付近の城址
0.8km 信濃・姫城
1.1km 信濃・村上氏居館
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3.3km 信濃・荒砥城
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6.1km 信濃・高ツヤ城
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10.0km 信濃・赤沢城
10.0km 信濃・上田城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 周辺施設
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文化施設 |
1.3km |
坂木宿ふるさと歴史館 |
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- 最終訪問日
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2010年11月
- 縄張図
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現地案内板より